スマートフォンやタブレットなどの持ち運び可能な端末によって、いつでもどこでも気軽に情報を手に入れられる現代。生まれながらにインターネット環境があるデジタルネイティブ世代など、情報感度の高い世代が社会の中心になりつつあります。そのため、企業が自社のビジネスを世間に周知するうえでも、Webサイトなどオウンドメディアを制作して単に情報発信するだけでなく、“いかに情報を届けるか”に意識を傾ける必要があるでしょう。情報過多な時代なだけに、企業側の情報発信の工夫が求められています。
そうした時代背景の中で注目されている発信手法が「ブランドジャーナリズム/Brand Journalism」です。企業が自社の独自性を掘下げ、他社との差別化や魅力としてのブランド価値を構築するブランディングは、多くの日本においても広く浸透しつつあります。しかし、そのブランドを報道活動によって発信するブランドジャーナリズムを実践する企業はまだまだ少数派です。ブランドジャーナリズムを紹介するとともに、ファンを作るための施策である「コンテンツマーケティング」や、ブランドに関わる人々との関係性を構築する「PR(パブリック・リレーションズ)」との違いにも触れていきます。
ブランドジャーナリズムは“自社報道”による情報発信の手法
ブランドジャーナリズムとは、マスメディアなどの他社による取材・報道ではなく、自社の取り組みやブランドなどに関するジャーナリスティック視点での情報発信です。自社の事業内容やブランドに関するストーリーを内部機関が取材。そして、その内容をWebサイトやSNSなどの自社のメディアを通して情報発信による“自社報道”によって、認知や浸透を目指す手法です。ブランドジャーナリズムは宣伝や広告とは異なり、あくまでも「報道」として企業やブランド価値の伝達を目的としています。
ブランドジャーナリズムと聞いて、「ジャーナリズム」という言葉が自社の活動においてリンクしない方も多いでしょう。ジャーナリズムは、世の中で起こる出来事や時事的なトピックスを報道、解説、論評することを指します。そのため、多くの方はジャーナリズムをマスコミなどの報道機関に限定した活動だと考えているかもしれません。しかし、新聞・雑誌・ラジオ・テレビという4マス媒体が情報発信の主流だった時代は終焉を迎えました。インターネットの活用により、企業はより自由で独自性のある情報発信が可能になったのです。
そうした時代背景もあり、かつては報道される一辺倒だった企業も“報道する側”にも力を入れ始めています。報道することはマスコミだけの特権では決してないのです。しかし、ノウハウがまったくない中で自社報道を始めるのは簡単なことではありません。やり方によってはむしろ企業のより組みやブランドに対するイメージダウンにもつながりかねないからです。自社の報道を行ううえでもっとも気をつけるべきは、「主観的な報道に終始しないこと」と言えるでしょう。
報道の基本は客観性を保つことです。そのためには、ブランドジャーナリズムにおいても下記の「報道の三原則」については、きちんと理解したうえで実施することが求められます。
1.「事実性原則」……客観的な事実に基づく報道すること
2.「没論評原則」……報道側の主観的な意見を含まないこと
3.「不偏不党原則」……意見が複数ある場合は、いずれかに偏らず報道すること
自社報道は、宣伝や広告とは一線を画します。そのため、ブランドジャーナリズムを実践するうえでは、あくまで客観性を保った報道を常に意識する必要があるでしょう。
コンテンツマーケティングやPR(パブリックリレーションズ)との違いとは?
今後、企業としてブランドジャーナリズムを実践する際に、注意すべきが「コンテンツマーケティング」や「PR(パブリック・リレーションズ)」との差別化です。すでにその2つの手法については導入している企業も多いだけに、それらとの違いや目的を明確に理解したうえで、しっかりと棲み分けをしたうえでマーケティング戦略に落とし込むことが重要になります。
▼ファンを作るための施策「コンテンツマーケティング」
コンテンツマーケティンングは、自社が保有するノウハウや情報をコンテンツとして発信し、見込み顧客との接点を作ってファン化を醸成することで購買につなげるマーケティング施策です。実はブランドジャーナリズムは、広義ではコンテンツマーケティングの手法の1つと言えます。両者の違いとしては、情報発信の狙いが挙げられます。
コンテンツマーケティングの最終的な狙いとしては売上増加です。継続的な情報発信を通したファン化を推進することで、売上アップ・見込み客獲得など直接的な成果に紐づけることが求められます。一方のブランドジャーナリズムは、ブランドのイメージ浸透・認知拡大が狙いです。ブランドジャーナリズムが直接的に売上に紐づくことは多くはないですが、企業としての取り組みについて広く一般的に知ってもらうことにつながります。コンテンツマーケティングのほうが直接的な利益創出を目指した取り組みであり、ブランドジャーナリズムは価値向上に伴う間接的な利益創出を目指した施策と言えます。
▼ブランドに関わる人々との関係性を構築する「PR(パブリック・リレーションズ)」
PRと聞くとサイト内にある広告や宣伝を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、それは正しいPR(パブリック・リレーションズ)の考え方とは異なります。パブリック・リレーションズとは、組織とそのステークホルダー間で、相互に利益のある関係を築くための戦略的コミュニケーションのプロセスです。つまり、情報発信だけに限定されず、コミュニケーションを通した長期的な関係構築が主となります。その点においては、自社報道による情報発信を軸とするブランドジャーナリズムとは大きく異なります。
また、PRを「広報」と同義語だと考える方も多いでしょう。企業に加え、官公庁などの団体が施策や方針などについて、各種の媒体を通して“広く報じる” ことが広報の主な役割と言えます。つまり、パブリック・リレーションズと比較して情報発信の意味合い強くなります。そういう意味では、広報のほうがブランドジャーナリズムと近いかもしれません。ちなみに広報が発信する情報は主観要素(あくまで企業の考えの発信)であるのに対して、ブランドジャーナリズムは客観要素(報道の三原則を踏まえた発信)であることが大きな違いと言えます。
日本企業が実践するブランドジャーナリズム事例3選
ブランドジャーナリズムという言葉の意味を理解できたとしても、身近な事例がないとなかなか具体的なイメージをつかめないかもしれません。多くの方にとってまだまだ抽象的な概念であるブランドジャーナリズムをより明確にイメージしてもらうために、日本企業が実践する事例を紹介します。例に挙げたのはトヨタ自動車、川崎重工業、セイコーグループの3社の取り組みです。
企業 | 概要 |
トヨタ自動車株式会社 | クルマの時代から、もっと自由に移動を楽しむモビリティの時代への変化を伝えるメディアとして誕生したのが「トヨタイムズ」です。日本のブランドジャーナリズムの先駆者的な存在と言えます。新製品や支援する所属アスリートの活躍などを自社報道しています。元テレビ朝日のアナウンサーである富川悠太さんが所属ジャーナリストとして活躍しているのも有名です。マスメディアの最前線で活躍していた人材が社内ジャーナリズムを体現するポジションに配置されている点も、時代の移り変わりを象徴しています。 |
川崎重工業株式会社 | 川崎重工グループでは、社会課題解決を目指すうえで、「エネルギー・環境ソリューション」に力を入れています。その中核を担うのが「水素事業」であり、タレントのトラウデン直美さんを起用して「カワサキ水素大学」のコンテンツを発信しています。「水素」をテーマにした授業をショートムービーで公開することで、クリーンな水素社会の実現に向けた一般的の方の知識醸成に寄与。さらに地球環境やSDGsに関する積極的な情報発信によって、企業イメージの向上にも取り組んでいます。 |
セイコーグループ株式会社 | 世界的にも有名な時計ブランドであるセイコー。しかし、セイコーは自社を単なる時計というプロダクトを作るだけの会社ではなく、時の概念を扱う会社であることを情報発信しています。「時計の会社から、時の会社へ。」――時計ブランドのイメージをあえて崩すことで、より広義な事業展開を行っていることを発信しています。最たる例は、2021年の140周年時の企画である「やさしい時間」や「時問時答」のコンテンツです。大谷翔平選手や市川團十郎さんら著名人のインタビューによって、多くの人の時の概念を発信しました。毎年リリースしている「セイコー時間白書」では、時間の価値をさまざまな観点からリサーチし、多角的な情報発信を行っています。 |
今後は企業規模を問わずブランドジャーナリズムを展開する時代に
現代では自社のWebサイトを持たない企業のほうが珍しくなりました。そして、事業拡大を目指して多くの企業がオウンドメディア内でコンテンツマーケティングを実施しています。現在はトヨタや川崎重工業、セイコーなど大企業に限定されている面もありますが、今後は企業規模を問わずブランドジャーナリズムが国内でも1つのマーケティング施策として浸透するかもしれません。企業の情報発信の手法は、今後より多様化していくでしょう。
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