災害大国である日本には、自然の猛威に対して安全と言い切れる場所は存在しません。2011年の東日本大震災に代表される地震、2018年の西日本豪雨や台風21号による洪水や土砂崩れなど、国内のどこにいても災害に遭う危険性を秘めています。災害が起きないことが最善ではありますが、起きた際の被害を最小限に留める努力は常に不可欠です。そして、それは国や行政だけに委ねる問題ではなく、企業としても万が一の事態に向けて対策を講じる必要があるでしょう。
未曽有の事態が発生した場合に企業活動をストップさせないための施策として注目されているのが、BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)対策です。近年は災害だけでなく、新型コロナウイルス感染症の大流行やロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢も非常に不安定な状況に陥っています。今後、何が起こるかが分からない不透明な時代なだけに、企業として万全の準備をするべきでしょう。特に紙文化が浸透しているバックオフィス部門における非常時の対策立案は急務です。
有事の際の企業活動の方針「BCP(事業継続計画)」とは
冒頭で触れたように、BCPとはBusiness Continuity Planの略であり、日本語では「事業継続計画」の意味です。文字通り、自然災害やテロ攻撃などの緊急事態に遭った際に重要業務の中断を防ぎ、万が一企業活動が中断する事態になった際でも早期の復旧による事業継続を目指す取り組みになります。事業継続が困難になることによる顧客取引の競合他社への流出、マーケットシェアの低下、企業評価の下落などのリスクから企業を守ることがBCP立案の目的です。
東京商工リサーチが2023年3月にリリースした「東日本大震災関連倒産」のデータによると、震災発生から2023年2月までの約12年間での震災関連倒産は累計2,019件にのぼります。件数に関しては年々、減少傾向にはあるものの、発生から10年以上経過した2022年でも21件発生するなど非常事態の影響の大きさがうかがえます。自然災害はいつ、どこで発生するかを完璧に予想することはできないため、有事に備えたBCP対策が不可欠なのです。
また、ウクライナ危機やテロの発生など、国際情勢による影響も少なくありません。企業の所在地が直接的に戦禍に巻き込まれる危険性は少ないとしても、争いに端を発した原油価格の高騰や世界貿易の低迷などから世界経済の大恐慌に見舞われる恐れがあります。混沌とした時代背景からも、様々な外的要因による影響から事業継続が困難になるリスクは増大し続けていると言えます。そのため、企業は平常時こそBCP対策を考える必要があるのです。
企業のBCP 策定率は17.7%、策定意向ありも5割に留まる
出展:株式会社帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2022 年)」
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p220606.pdf
有事の事業継続において欠かせないBCPですが、企業における実際の策定率や今後の策定を検討している割合はどれほどなのでしょうか。帝国データバンクが2022 年 5 月に行った事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2022 年)」では、BCP を策定している企業は 17.7%、「策定している」「現在、策定中」「策定を検討している」の合計の策定意向ありの企業は49.9%でした。BCP対策に前向きに取り組む企業は5割にのぼるものの、実際に対策を講じている割合は2割に満たないのが現状です。
また、BCP を「策定していない」と答えた企業の理由としては、「策定に必要なスキル・ノウハウがない」の回答が最多で42.7%、「策定する人材を確保できない」が続いて31.1%でした。BCPの重要性を認識しつつも、技術的・リソース的な枯渇によって対応できていないのが多くの企業の本音かもしれません。3番目に多い26.1%だった「書類作りで終わってしまい、実践的に使える計画にすることが難しい」の回答にもあるように、企業の取り組みとして舵を切るにはクリアにすべき課題が山積していることがうかがえます。
BCP策定状況に関して「分からない」と回答したのは8.0%だったことから、事業継続リスクが高まる現代において、BCPについてまったくの無関心という企業はほとんどないと言えるでしょう。未曽有の事態に陥った際にいかに事業を継続することが困難であり、様々な障壁が存在することはコロナ禍によって立証されています。今後、世界がどの方向性に向かうかを完全に予見するのは困難ですが、少なくともリスクヘッジのための対策は急務になります。BCPは「備えあれば憂いなし」とまではいかないものの、有事の企業存続の可能性を高める手段になり得ることは確かでしょう。
BCP 対策の第一歩は「企業における機能や業務の分散化」
帝国データバンクの意識調査にもあったように、BCPとして実践的に使える計画を立案するのは「ハードルが高い」と感じる企業は少なくないかもしれません。しかし、今後を見据えるうえでは、無策のままでいるのではなく、着手できることからの変革が求められます。その第一歩として考えるべきなのが企業における機能や業務の分散化です。
東京に政治、経済、文化の中心がすべて集結している日本の現状と同様に、機能や業務の中枢を一ヶ所の拠点に集約している企業も多いでしょう。人材やノウハウ、資産を一ヶ所に集中させることで意思決定の迅速化や共通認識の醸成などのメリットはあります。しかし、その集約した拠点で何かのトラブルやアクシデントに見舞われてしまうと、一気に企業全体が企業不全に陥るリスクがあるのです。特に自然災害や事件などが発生した際に事業のすべてが停止してしまうと、企業存続に関わる事態まで発展するかもしれません。
そのため、事業所などの拠点や根幹を担う基盤システムを複数の地域に分散するなどの対策が求められます。万が一、非常事態で特定の地域に甚大な被害が出たとしても、そのエリアにある拠点のみが被害や影響を受けるだけで済む体制であれば、被害は最小限に抑えられます。他の拠点にあらかじめ機能や業務を分散しておくことにより、有事の際も業務停止に陥ることなく、企業活動を継続できる可能性が高まるでしょう。
コロナ禍で日本社会においても一般化したリモートワークを浸透させることも、平たく言えばBCPの一環とも言えます。一時代前までの完全出社スタイルの事業運営だと、企業の所在地の付近で何らかの被害が発生した際に、機能が全滅するという事態も十分にあり得るでしょう。しかし、リモートワークで常日頃から勤務地が分散している状況であれば、有事の際の被害も分散する可能性が高まります。BCPにおいて各々が職務を全うする意味でも、リモートワークは推奨される働き方と言えます。
紙文化中心のバックオフィス業務はBCP観点からも早急の改革を
公益財団法人日本生産性本部が2022年10月にリリースした「第11回 働く人の意識調査」によると、調査対象のリモートワーク実施率は17.2%に留まる結果が出ました。コロナ禍が落ち着き始めた昨今において、リモートワークの実施率低下が目立ち始めています。それぞれの事業形態によって、仕事の進め方は異なるため、一概にリモートワークの実施率低下が悪いことであるとは言えません。しかし、リモートワーク自体を選択肢に入れない考え方は、BCP観点からすると得策とは言えません。
特にリモートワークをあまり適用しにくい業務としては、経理や総務、法務、人事などのバックオフィスの業務が挙げられます。契約・請求関連の日本の紙文化主体のワークスタイルが未だに根付いていることもあり、外部との商談が少なく、直接事業の売上に絡まない間接部門は書類の処理に追われて出社ベースの方が未だに多いのが現状です。しかし、不測の事態においてバックオフィス部門が機能しなくなった場合は、企業の事業運営において大きなダメージを与えることは言うまでもありません。
「ハンコのために出社する」「紙での契約書しか受理されない」という旧来のやり方を変えない限り、バックオフィスは紙文化に基づく出社ベースの働き方からの脱却は難しいかもしれません。日本は不安定な世界情勢の影響だけでなく、災害大国でもあります。常に事業継続が難しくなるリスクが他国よりも大きい国なだけに、BCPの意識を1人ひとりのワーカーが持つことが大切です。特にバックオフィス部門は企業活動をサポートするうえで欠かせない存在なだけに、旧来のルールを遵守するという考え方に留まるのではなく、BCPを意識した働き方の変革をもたらすことをより強く意識すべきかもしれません。
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