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企業間取引ネットワーク「Tradeshift」とは? 〜 日本法人立ち上げメンバーが語るサービスの要諦

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米国Tradeshift Inc.の日本法人として、トレードシフトジャパンが南青山の小さなオフィスで産声を上げてから3年が経った。この3年間を振り返ってみると、あっと言う間に過ぎてしまった。サービスの日本語化からスタートし、国内でのファーストカスタマーの獲得、国内向けのアプリのリリース、販売パートナーとの業務提携、そして国内における電子取引普及のための啓蒙活動。順風満帆というと大げさになってしまうが、昨今の弊社サービスに対する問い合わせ件数、見込み客の反応、イベントにおけるアンケート回答などから、国内の企業における電子取引に対する認識は3年前とは少し違うと感じている。

一方、「つまり、Tradeshiftって何?」「ホームページからだとサービス内容が全然わからない」という声も多く、関心を頂いているにも関わらずご迷惑をおかけしている状況がある。この状況に対し、ホームページをわかりやすくするという活動は進める一方で、ホームページにおける広報的・営業的なアプローチではなく、トレードシフトとは何か、何を目的としたサービスなのかを、筆者自身の価値観を交えた率直な言葉として皆様にご説明したいと考え、本稿を執筆することにした。

【そもそもTradeshiftとは?】

筆者は営業先でTradeshiftを説明する前に、まず会議の参加者がLINEやFacebookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用しているかどうかを聞くことにしている。なぜなら、Tradeshiftの根底にある考え方はSNSのそれと類似点が多いからだ。

SNSは名前の通り、インターネット上で利用者の人的ネットワークを活発化させるサービスだ。SNSを使って昔の友人とまた交流を再開したり、趣味が共通する人たちとの新しい出会いなどを経験した利用者も多いだろう。SNSはインターネット技術を利用して「人と人のつながり」を拡大することに役立っているのだ。

一方、企業も人と同じように社会の中で顧客や取引先など様々な企業とつながっている。そして営利企業ならば自社のネットワークを少しでも広くし、事業を拡大したいと考えている。つまり、企業もまた個人が使うSNSのようなツールを使ってネットワークを活発化するニーズはあるはずなのだ。しかし、個人のようにインターネットを使って自社のネットワークを拡大するようなサービスは少ない。自社のHPを立ち上げて自社のアピールをする企業は多いが、性質的には企業側からの「一方通行の発信」が多く、SNSのように他の企業とつながって関係を作り、コミュニケーションをとったり取引基盤として利用できるサービスは皆無と言って良い。

Tradeshiftは、このような背景からデンマークで誕生したサービスだ。SNSで人と人がつながるように、企業と企業がインターネット上で出会い、つながり、そこで取引を行う。それは従来のマッチングサイトのようにマッチングしたら終わりではなく、その他会員制サービスのように参加、あるいは取引を行うと利用料を徴収されるモデルでもない。どのような企業でも無料で、自由に参加でき、様々な企業と簡単につながって好きなだけ取引ができる仕組みだ。

Tradeshiftは企業向けのソーシャルネットワーク

 

個人のSNSとTradeshiftは似たような目的を持っているが、コミュニケーションの内容は異なる。個人間では生活における会話や画像などをやりとりするが、企業ユースのTradeshiftでは注文書や請求書などの取引文書、商品情報、企業情報などのやりとりが主な内容だ。

「仕事」は本来、「何かを作り出す、または、成し遂げるための行動(デジタル大辞泉より)」であり、単なる「事務処理」とは区別できるものだ。つまり、企業は顧客開拓や顧客との交渉、新製品を創造する作業などに最大限時間を使うべきで、取引の「証拠」を残すための文書のやりとりについては、品質を落とすことなく極力簡素化していくべきだと考えている。そうした中、Tradeshiftはまさに過度に複雑化した「事務処理」をシンプルにするサービスだ。Tradeshiftを活用し、業務のスピードアップや企業が本来すべきコア業務に人的リソースを集中させ、企業の競争力強化やテレワークなどの働き方を変えていくための基盤になるものだと考えている。

【Tradeshiftの特徴は?】

ではTradeshiftは他のサービスとどう違うのか。主要な特徴は以下の3つであると考えている。
1)無料で使える
2)マニュアルがなくても直感的に使える
3)アプリを使って自由に機能拡張できる

これらをすべて持ち合わせる企業向けサービスは、おそらくTradeshiftしかないだろう。これらの特徴について少し掘り下げて説明してみたい。

特徴その1:無料で使える企業向けフリーミアム

まず一番目に挙げた「無料で使える」。
Tradeshiftは、企業向けのサービスでは珍しい「フリーミアム」のビジネスモデルを採用している。

Tradeshiftでは、アカウントの作成やネットワーク上での自社のプロフィールの公開、マーケットプレイスへの自社商品の掲載、つながった企業との電子文書の送受信などを無料で利用することができる。取引先とEDIで電子取引している企業は、これだけでもTradeshiftを使う意義がある。

従来の企業向けのサービスのように、ユーザー数やトランザクション量に応じた課金体系ではないため、基本機能で十分ニーズを満たせる企業は、永年無料で使い続けることができる。月に何百万件の取引をしたとしてもコストはかからない。コストがかからないので、取引先も気兼ねなく招待できる。実際、Tradeshiftにあるアカウントの99%以上は無料で利用されており、残り1%以下の(主に)大企業が、以下に述べるTradeshiftの有償アプリを使って有料で利用している。

また、データ連携のためのAPIも無料で公開しており、Tradeshiftの文書データと自社システムを連携することも可能だ。Tradeshiftを使うと、従来EDIでやっていたような取引は大概無料でできてしまうのだ。

日本では「タダほど高いものはない」という言葉があり「無料」の信頼性は非常に低い。しかし、インターネットの世界ではフリーミアムは圧倒的なユーザーシェアを獲得するための定石とも言える戦略であり、「利用」に対して課金していないだけで、他のところに課金し収益を生む仕組みがある。「無料だと心配」「安かろう悪かろう」という声も多いが、他のフリーミアムサービス同様、Tradeshiftも身銭を切って低品質のサービスを無料で提供しているわけではない。

今はコンシューマー向けが主流で、企業向けサービスに関してはこのようなビジネスモデルがほぼないため驚かれるのは仕方ないと思っているが、今後はTradeshiftのように企業向けサービスにもフリーミアムのビジネスモデルが増えてくるだろう。

特徴その2:マニュアルがなくても直感的に使える

多くのスマートフォンやタブレットのアプリには、マニュアルが存在しない。マニュアルが無くても使えるように設計されているためだ。逆に、マニュアルを読まなければ使えないアプリは個人向けアプリでは多くのユーザーの支持を得ることはない。

この「直感的に使える」という性能は、消費者向けだけでなくビジネス向け製品においても非常に重要で「コンシューマライゼーション」の中核技術とも言えよう。現在多くの人が使っているスマートフォンやタブレットが店舗のレジとして業務利用されていることや、元々は消費者向けに開発されたマウスがビジネスでも利用されているように、優れた操作性は個人ユースであっても、ビジネスユースであっても支持されることなのだ。

ただ、今ある多くの企業向けソフトウェアは「多機能」を追求した結果、分厚いマニュアルを読まなければ何も使えないほど複雑化しており、製品のトレーニングがそのソフトウェア会社の高収益事業にもなっているという、ある意味本末転倒なソフトウェア会社も多い。お金がなかったり、知識がなければ使う資格がない、と言われているかのようだ。

Tradeshiftはそれとは真逆のアプローチをとる。すべての企業と人に使ってもらえるサービスとするため、画面は極力シンプルにし、直感的に操作できることを製品設計の最重要項目としている。下図のように画面構成はどちらかといえばスマートフォンアプリのようなつくりになっており、他の企業向けソフトウェアとは大きく異なるのがお分かりだろう。

誰でも直感的に理解し利用できるユーザーインターフェース

企業へのシステム導入の経験者なら想像に易いが、システム導入前のトレーニングは労力もコストもかかる非常に手間のかかる作業だ。これに対しTradeshiftユーザーである某アパレル企業は、複数拠点にまたがる5,000人の社員に対してTradeshiftをトレーニング無しで導入した。操作性が費用対効果にも大きなインパクトを与えるいい例であろう。

特徴その3:アプリを使って自由に機能拡張できる

Tradeshiftの最大の特徴と言っても過言ではないのが、この「アプリ」だ。一般のクラウドサービスやパッケージソフトウェアでは、同じ機能を多くのユーザーが利用できるようにするため機能が標準化されている。そのため、特定の企業のニーズを満たすということは、サービスの設計思想に矛盾する考えで、それを行うための「アドオン開発」には非常にコストがかかる。Tradeshiftはアプリを使ってその矛盾を解消している。

Tradeshiftでは電子文書の送受信などの基本機能は当然標準化されているが、「3rd partyアプリ(以降、アプリ)」と呼ばれるTradeshift以外の企業が開発したアプリを使って機能を自由に拡張できる。2017年9月現在、50社以上から200種類以上のアプリがTradeshift上で提供されており、ユーザー企業はこれらのアプリを利用し単に取引先と電子文書のやりとりを行うだけでなく、電子文書データと連携した社内承認フローの構築や、処理の自動化などを行うことができる。これらのアプリには無料のものも多く、毎月同じ額の請求書を自動的に発行するアプリや、会計システムと連携するためのアプリなどはほとんどを無料で利用することが可能だ。

TradeshiftのAppStore

ユーザー企業はTradeshiftのAppStoreに公開されている既存のアプリを利用するだけでなく、自社の要件に合わせて自社開発することもできる。社外とやりとりする電子文書は標準化したものを使い、社内業務は自社の要件にあったアプリを使う、など自社のニーズに合った使い方を実現することが可能だ。

【Tradeshiftが解決する課題】

Tradeshiftのサービス概要は大枠ご理解頂いたと思うので、Tradeshiftがユーザー企業に提供する価値や解決する課題について触れてみたい。

下図は一般的な企業の間接材購買における取引状況のイメージだ。取引先を横軸に、購買額を縦軸にとって額の大きい順に並べたものだ。間接材購買業務で電子取引を行っている企業では、取引額が多い取引先とだけ電子取引をしているケースが多い。ある調査では間接材購買に電子取引を採用している企業において、電子取引を行っている取引先の割合は、大体10〜20%であると言われる。

一般の電子取引では全体の10〜20%しか電子化出来ていないと言われる

主要な取引先とだけ電子化をした場合、取引額で見た時の電子化率は高いかもしれないが、一般には注文書や請求書の額が10円でも10万円でも処理する件数は1件であり、金額が10倍だからといって処理の負荷が10倍になることはない。つまり電子取引を行っている企業でも8割以上の業務は非効率な従来型の処理がされていることになり、この状態では電子化による便益を最大限享受しているとは言い難いだろう。

多くの電子取引サービスはこの点をあまり考慮していない。機能拡張に重点を置き、本来、電子取引を推進する上でもっとも重要なポイントである「取引先の参加」に注力しているサービスは少ない。Tradeshiftは、取引先の電子化率を100%にすることを最終目標としており、電子化率の向上のために「無料で使いやすく、誰とでもつながり、機能拡張も簡単」というTradeshiftの特徴が必要なのだ。

【Tradeshiftが描く未来】

日本法人を立ち上げ後、筆者は開発と導入部門の中心であったデンマークオフィスを訪れた。そのときに、当時まだ古いアパートの一室にあったオフィスの入り口のドアに書かれたメッセージに強く感銘を受けたのを覚えている。

コペンハーゲンにあるTradeshift創業時の本社オフィスのドア
“IMAGINE IF EVERY COMPANY IN THE WORLD WAS CONNECTED ON ONE PLATFORM”

「世界のすべての企業が1つのプラットフォームでつながっていたらどうなるかを想像しよう」
この基本思想が、先に述べたTradeshiftのすべての機能やサービスの原理原則になっており、これほどTradeshiftのビジョンをシンプルに伝える言葉はないと思っている。

現実的に考えると、Tradeshiftが1社単独でこのような世界を実現することは、運次第かもしれない。ただ、TradeshiftはすでにヨーロッパのPEPPOLなど他の企業間ネットワークとも連携しており、プラットフォーム間でのつながりが広がっていけば、文字通り世界のすべての企業が1つのプラットフォームでつながる日もそう遠くない将来に来るだろう。それが何年先になるのかは誰も正確には答えられないが、Tradeshiftが進める企業間をデジタルでつなぎ、取引やコミュニケーションをより活発にする取り組みは、必ずその世界を創り出すことに貢献するものであると信じている。

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Tradeshiftとは何かを、筆者の個人的な見解も含めてご説明したが、ご意見やご質問についてはぜひ [email protected] までご連絡頂きたい。