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ペーパーレスによる業務効率化は「神話」なのか

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昨年に続き今年も電子帳簿保存法が改正され、紙書類を電子保存する方法に関する規制緩和が実施されました。これを受け、いま多くの企業で「ペーパーレス化」や「文書の電子保存」に関する取り組みが推進されていますが、業務をペーパーレス化する課題も多くあります。ペーパーレス化により様々なメリットを享受できる一方、紙文書を前提としたプロセスや紙文書での作業に慣れている場合はペーパーレスがなかなか進まず、かえって業務の混乱を招くこともあります。そこで、本記事では業務のペーパーレス化を成功させるポイントについて解説していきます。

なぜペーパーレスにするのか

まず、企業はなぜペーパーレスに取り組むのか、その理由から整理してみたいと思います。ペーパーレス化に取り組む理由は各企業によってさまざまですが、一般的には以下の3つを目的として取り組む企業が多いようです。

・作業工数やコストの削減

ビジネスで用いる文書のほとんどはその内容を自分以外の相手と共有し、正確に伝えることが目的です。そのため、紙と筆記具さえあれば簡単に意図した内容を記述した文書を作成することが可能で、すぐさま相手に渡すことができ、見る人もすぐに確認できることが紙文書のメリットです。「作成」、「送付」、「確認」、そして証跡として文書を「保存」する4つのプロセスが同一オフィス内、あるいは近隣地域で行われる場合、共通文書による業務は非常に効率的に回ります。

一方、相手とロケーションが少しでも離れてしまうと、物理的に相手に文書を届ける必要があるため、「送付」のプロセスに工数とコストがかかるようになります。また、文書の数が多くなるにつれ、文書の「作成」、「確認」、「保存」プロセスのコストも増大します。印刷の工数、チェックの工数、ファイリングの工数が膨大になったり、文書管理や保管のための巨大なスペースが必要になったり、その文書を後で探す際にも多くの労力が必要になります。

文書を電子化することで、印刷は不要となり、送信はほぼリアルタイムで行うことが可能なため、関連するコミュニケーションも圧倒的に早くなります。また、相手が確認する作業もデータとして受信できるため、一覧からすぐに文書の内容を確認したり、複数の文書を比較したり、システムに直接データを連携して入力工数を削減したりすることが可能で、保管場所も小さくて済みます。ペーパーレスにすることで、こうした工数やコストを大きく削減することが可能です。

・業務のスピードアップ

工数が減ることはすなわち業務のスピードアップも実現します。また、工数が減ったことによる時間短縮だけでなく、同じ処理でも紙文書では時間がかかっていた作業も効率化したり、品質向上などの付加価値が加わり、業務はさらに速くなります。

例えば、ビジネスがグローバル化した今、国外の取引先と日本語以外の言語で文書取引を行うケースもあります。こうした状況では、相手からの文書の翻訳などの「確認」作業に時間がかかりますが、紙文書ではなくデータで受け取ることで自動翻訳サービスなどを活用しながら効率的に内容の確認を進めることが出来るでしょう。

また、文書がデータ化されている場合は、紙文書では出来なかったスペルチェックや、内容を自動的にチェックすることもできます。紙文書では人が行うしかなかった作業をシステムやAIに置き換えることが可能となります。これらは単純なマニュアル作業の削減ではなく、品質向上やエラーの削減、処理の正確性につながり、結果としてムダがなくなるためその業務以外の、関連する業務においてもスピードアップすることにつながります。

・多様な働き方を支える基盤作り

近年では「働き方改革」というキーワードでペーパーレスに取り組む企業が増えています。
紙の文書を扱う業務の場合は、その紙文書が物理的にあるオフィスでの作業が必須条件となりますが、電子文書の場合は離れた場所からでも簡単にアクセスする仕組みを作ることが可能です。職場以外のリモートオフィスや自宅でも仕事ができるテレワークの必要条件は文書の電子化と言えるでしょう。

また、仕事の進め方、つまり社内外とのコラボレーションも文書の電子化により変わってきます。同じ文書の同時共有や同時作業などは紙文書では難しかった点で、これらが出来るようになると1つの成果物を複数の人間で作り上げていく作業が簡単になります。

例えば、今では当たり前のように業務で使われているword文書のコメント機能や編集履歴の機能、excelの共有機能(同時編集機能)はまさに電子文書により働き方が変わった例で、このようなツールがなかった時代の働き方と全く違うことは、それを知らない世代の方でも想像に難くないでしょう。

文書の共有や同時作業が出来る電子文書、ペーパーレス化は、こうした紙の文書で前提としたプロセスを大きく変えることができます。

どのようにペーパーレスにするのか

では、これらの目的を達成するために、どのようにペーパーレス化を進めればよいのでしょうか。

・社内文書のペーパーレス化

社内文書は主に社内における情報共有やコミュニケーションのために用いられる文書で、これらには会議資料や稟議書類、給与明細、領収証、経費精算書類などがあります。会議資料は会議室にモニターやプロジェクターを設置し、その使用を徹底することでペーパーレスを実現できるでしょう。稟議書類も電子稟議システムなどのツールを導入することでペーパーレス化が図れます。給与明細や経費精算書類なども電子的に配布・申請できるツールが増えています。

・社外文書のペーパーレス化

社外文書、つまり自社と取引のある他の会社とのやり取りに使用する文書の電子化も様々な方法があります。従来から受発注などにはEDIシステムが使われたり、近年では電子契約システム、電子請求システムなど、様々なソフトウェアが提供しており、これらを使用することで社外文書のペーパーレス化を進めることができるでしょう。

それでもペーパーレスは進まない

上記のように、現在では社内文書、社外文書ともに様々なペーパーレス化の手法があり、それらのツールを提供している企業や提供するサービスには膨大な数があります。それにもかかわらず「ウチの会社はまだ紙で業務をしている」と感じている方も多いと思います。

事実、15年以上前にMIT Pressから発表された”The Myth of the Paperless Office(ペーパーレスオフィスの神話)”という心理学の研究論文には、当時まだ普及段階にあったemailによる業務を導入した結果、平均して40%も紙の消費量が増えたとの結果が報告されています。

この理由として、紙の薄い・軽い・曲げやすい・不透明などの物理的特性は、人がペンで書いたり運んだり持ち込んだりする行動を自然に誘起する「アフォーダンス」があり、デジタル機器やソフトウェアツールなどが紙を置き換えるには、そのような特性を持たなければ、心理的に難しく、逆に効率を下げるとも報告しています。つまり、対応するツールが紙と同等のアフォーダンス・利便性を持たなければ、人は自然と紙を使用してしまうということです。

現在はタブレットやスマートフォンなどのモバイル端末が普及していますが、これらのデバイスは幼児であってもタッチパネルを操作できるような簡易性も持ち合わせています。紙と同等の利便性があるとは言えないまでも、昔の機器やソフトウェアに比べて大きく進歩しています。これらのツールの普及によって、ペーパーレスの敷居は下がっています。

ただし、実際の業務の現場で本当にペーパーレスを推進するためには、これらのツールの採用だけではまだ不十分なのです。

ペーパーレスを進めるために最も重要なこと

業務におけるペーパーレスを成功させるために一番重要なポイントは、使いやすいツールやペーパーレス化というお題目ではなく、ペーパーレスに大義名分となる「目的」があり、その目的を実際に業務が変わることになる社員に浸透させることです。ペーパーレス化はあくまでも手段であり、具体的な目的がないペーパーレス化施策は、紙という非常に使い勝手のよい素材のメリットを奪うだけで、社員の理解も得られず業務の効率化にもつながりません。

ペーパーレスにすることで、会社としてどのような将来像を目指しているか、どのような課題が解決されるのか、そのメリットは何か、などを社員に丁寧に説明して理解を得る啓蒙活動こそ、ツールを導入することよりも重要な活動となります。そして、この目的は会社・部門・人によって捉え方が異なるため、必ず説明する対象と関連し理解しやすいメリットと価値を具体的に訴求することが必要です。

このためには、各組織の現状のプロセスや課題に関する事前調査後、目的の具体化や数値化を行うとともに、実施スケジュールに関しては人が変わるための時間を考慮し作成する必要があります。これらを丁寧に各組織・社員に説明することが重要であり、急いで実施すると期待通りの結果を得られない場合があります。変化を嫌う組織もありますし、そもそも紙のアフォーダンスによって「人は紙が好き」なのです。

ペーパーレスは企業の競争力を高める

冒頭で述べた通り、ペーパーレスにより企業はコストを削減するとともに自社の業務をスピードアップさせ、社員の働き方を変えていくことができます。それによって、より生産性の高い業務へ人材をシフトすることができ、また優秀な人材を採用することも可能になります。そして最終的には、企業の競争力の強化につながっていきます。そこまで言うと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、今の業務を変えるためには、ペーパーレスから始まるストーリーを丁寧に描けるかが、実はペーパーレス化を成功させるための最重要ポイントと言えるでしょう。

現在業務のペーパーレス化をお考えの方は、この機会にその目的とゴールについて、今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。

 

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