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ストーリーテリングによる企業の情報発信とは? 物語性を重視したコンテンツの優位性

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規模の大小を問わず、さまざまな企業がオウンドメディアや広告、SNS、イベントなどを通してさまざまな情報発信を行っている現代。“情報洪水社会”とも称されるほど情報過多な時代なだけに、従来よりも企業の情報発信の仕方が問われています。そうした背景もあり、近年では「ストーリーテリング」が注目されています。ストーリーテリングは、体験談や実現したい未来を物語性のある「ストーリー」を通して、読み手や聞き手に情報を伝えるコミュニケーション手法です。

物語は記憶に残りやすく、共感を生みやすいため、ストーリーテリングによって伝えられた情報は、受け手に与えるインパクトが強い点が特徴と言えます。そのため、消費者に対して自社のプロダクトの魅力を直接的に発信する必要があるBtoC領域はもちろん、企業間取引におけるBtoB領域においてもストーリーテリングの活用は有効です。事業ブランディングやIPO、資金調達に関連するプレゼンテーションのシーンにおいても戦略的に活用されているストーリーテリングのBtoB領域における優位性を解説します。

ストーリーテリングが事業戦略に活用されている理由


BtoC、BtoBの事業業態を問わず、自社が提供するプロダクトの優位性を示すうえでは情報発信が欠かせません。しかし、情報過多な現代においては、有益な情報が埋没してしまい、企業が情報を届けたいと考えるターゲット層に正しくリーチしないという課題が散見されます。各企業が発信する情報量が膨大なだけに、“伝える”というよりも“伝わる”という視点での情報発信が不可欠です。情報の受け手の共感を呼び、行動変容につながるようなメッセージ性をいかにプラスできるかがエンゲージメントを高めるうえでも重要なファクターになるでしょう。

“伝わる”を意識したメッセージ性の高い情報伝達手段として、ストーリーテリングは非常に効果的な手法です。ストーリーテリングがもたらす効果の真骨頂は、読み手や聞き手の感情を揺さぶり、情報を「自分事」として捉えさせる点にあります。どんなに有益な情報であってもリーチすべきターゲットに気づいてもらえない状態では意味を成しません。情報を「自身の事業にとってプラスになるもの」として認識してもらって初めて、業務提携や合意形成につながるのはどの業態においても共通項と言えるでしょう。

また、企業やブランドの信頼性を高める点も、ストーリーテリングが持つ強力な効果です。たとえば、IPOや資金調達といったプレゼンテーションのシーンにおいても有効だと言えます。企業価値や成長戦略などをまとめたエクイティストーリーでは、説得力のある数値データに加えてストーリーテリングを用いることで投資家やステークホルダーの信頼を得やすくなり、次なる投資や事業提携につながりやすくなるでしょう。起業や事業拡大に至った「情熱」を伝えるのに、ストーリーテリングは上手く活用すべき伝達手法と言えます。

たとえば、あるスタートアップが新しい環境技術を開発したとします。その技術の優位性を「環境に優しい技術」と説明するだけでなく、「創業者が幼少期に体験した環境破壊の影響から、この技術を生み出すに至った」というストーリーを共有することでどんな違いが生まれるでしょうか。聞き手である投資家やベンチャーキャピタルの心を動かす動機になり得るのはもちろん、企業が持つビジョンへの共感によってより強い応援や信頼感が生まれることが期待できます。

また、ストーリーテリングは、複雑な情報を分かりやすく伝えるうえでも効果的です。ビジネスの業界によっては専門的な知識やデータを扱う機会が多く、その優位性をステークホルダーに正しく理解してもらうことは容易ではありません。しかし、物語性をもって情報を構成できれば、複雑な内容でも直感的にその真意を理解してもらいやすくなります。新しい技術の特徴や効果を語るのも重要ですが、その技術がどのように役立つのかについて利用シナリオを提示できれば、受け手の理解は飛躍的に深まるでしょう。

Apple社の卓越したストーリーテリング手法


ストーリーテリングを活用したプロモーション展開において、Apple社の事例に触れないわけにはいかないでしょう。Appleの製品発表イベントはストーリーテリングが駆使されている好事例であり、もはやそのプレゼンテーションは恒例行事となりつつあります。多くの方にとってもっとも印象的だったのは、iPhoneを初めて発表した際かもしれません。2007年1月に、かつてCEOだったスティーブ・ジョブズ氏が「マックワールド サンフランシスコ」の基調講演で初代iPhoneを紹介した際は、世界中に衝撃を与えました。

従来の日本国内の製品発表の場では、製品の機能性や競合優位性を語ることに終始したプレゼンテーションがほとんどでした。しかし、ジョブズ氏のプレゼンテーションは、ストーリーテリングの手法をふんだんに用いています。具体的には製品の特徴よりも、その製品がどのように生活を変えるか、社会においてどのような課題を解決するかについて熱く語るスタイルです。

つまり、真にAppleが提供し続けているのは、技術革新そのものではなく、革新がもたらすユーザー体験の向上であることをジョブズ氏は強く訴えかけました。近年ではそうしたストーリーテリングを用いたエモーショナルなプレゼンテーションを行う企業は増えましたが、ジョブズ氏の衝撃度を超える世間を賑わすようなプレゼンテーションは行われていないでしょう。物語性を踏まえて伝えることの重要性を強烈に示してくれた出来事でした。

同じくApple 社で1997年に開始された「Think Different」キャンペーンもストーリーテリングの好事例です。このキャンペーンでは、「Think Different」というキャッチーなフレーズを通して歴史を変えた偉人たちをフィーチャーし、Apple製品を使用することで「常識を打ち破り、世界を変える力」を持ち得るというメッセージを伝えました。偉人たちの業績や革新的な精神への共感を持たせ、Apple製品が同じような革新をもたらすと感じさせた手法は、未だに語り草となっています。

ストーリーテリングにおけるコンテキストの重要性


ストーリーテリングをビジネスにおいて上手に活用するためには、ストーリーを紡ぐことが重要です。それは言い換えるなら、コンテキスト(Context/文脈)を意識することでもあります。コンテキストとは、情報が伝えられる状況や背景、つまり文脈を指すため、ストーリーテリングにおいては特に重要な概念です。コンテンツ発信で考えるとすると、1つひとつのコンテンツは情報発信の「点」とも言えますが、発信される複数の情報に企業背景や事業への想いがコンテキストとして組み込まれているのであれば、「点」だったコンテンツはつながりの意味を持ち、「線」として機能します。

コンテキストへの共感こそが、情報の受け手にとって価値を感じる要因となるでしょう。たとえば、ある時計ブランドがハイエンド向けの高級時計を宣伝する際に、裕福で洗練されたライフスタイルを物語として展開すれば、ターゲットとなる富裕層に深く共感される可能性は高くなります。一方、同じ物語を一般的な消費者層に向けて展開しても、共感を得られるどころか反発すら買ってしまうかもしれません。物語の受け手が置かれている環境や価値観を理解し、適切なコンテキストによってストーリーテリングを行うことで、受け手は初めて物語に共感し、自分自身の経験や価値観に結びつけられると言えます。

上記の例からもコンテキストを意識したストーリーテリングは、すべての層に刺さるような普遍的な内容である必要がないことが分かります。客観性に基づく話ではなく、ストーリーテラーの主観性に基づくコンテンツ発信であることが重要です。だからこそ、ストーリーテリングを意識したコンテンツにおいては、テクニカルライティングのような、簡潔性を重視し、解釈や認識の違いを生まないコンテンツの制作とは異なります。受け手の感受性に物語の所感を委ねる点もストーリーテリングの1つの特徴と言えるでしょう。

また、近年、発展が著しい生成AIではありますが、ストーリーテリングにおいてはまだまだ発展途上の段階です。なぜなら生成AIは既存の膨大な情報から客観的に収集して、精査した中からコンテンツを作成します。独自性や主観性といったストーリーテラー独特の感覚を重視した語り口は、現存のAIにはまだまだ再現はできないところであり、ストーリーテリングがAIライティングとは一線を画すポイントもあります。

コンテキスト思考でストーリーテリングの技術を磨く


今後も企業が競争力を維持・向上させるために、ストーリーテリングはますます重要な役割を果たすでしょう。ストーリーテリングにおいてもっとも重要なのは「伝えたいメッセージ」の明確化です。メッセージを伝える物語を通して企業やブランドの価値を高め、ビジネスの成功に貢献できるよう、ストーリーテリングの技術を磨く必要があるでしょう。

技術向上のためにできる取り組みはさまざまですが、同業他社の成功例の分析や、自身の経験からストーリーを作成する練習、そしてテクニカルライティングやAIライティングによって書かれた機械的なテキストではなく、小説などの独自性やストーリーテラーの主観性を基にしたコンテンツを多く読むことが大切です。物語性のある文章を読み、感情の動きに焦点を当てることは、効果的なストーリーテリングにおける礎となるでしょう。受け手の立場になり、コンテキスト思考でストーリーテリングの技術を磨くうち、コミュニケーション力や人間力の向上といった思わぬ副産物が得られるかもしれません。

 

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