1950年代中ごろから20年近く続いた高度経済成長や1980年代後半~1990年代のバブル経済など、日本が世界経済に大きな影響を与えてきた時代がありました。しかし、それはすでに遠い過去の話であり、近年は「失われた30年」と呼ばれるほど経済が低迷。日本が危機に瀕しているという見方をする人も増えています。当初は1990年代が「失われた10年」と呼ばれていましたが、現在も含めたより長期スパンで低迷脱却が果たせていないという見解もあるでしょう。令和に突入しても日本が国力の隆盛を取り戻す兆しはなく、栄光の時代から30年以上が経過しているのが実態です。
そうした日本の長期低迷を受けて、海外投資家の間では「ジャパニフィケーション(Japanification)」という表現が用いられるようになりました。「日本化」を意味するこの言葉は、欧米の経済が日本の二の舞になることを危惧する際に使われます。つまり、世界各国において、急激な経済成長とその後の衰退における分かりやすい事例として日本が嘲笑されているのが実態です。低迷期を停滞していると考えられている日本ですが、何が脱却の鍵となるのでしょうか。日本や日本人としての価値について検証します。
日本の競争力総合順位は38位まで低迷
日本経済を揶揄する「ジャパニフィケーション」という言葉ですが、実際に日本経済の低迷具合はどの程度なのでしょうか。「JTCこそ積極的な変革が必要な時代到来 日本を代表する企業が目指す不易流行」のコラムでも紹介したように、平成元年(1989年)の企業における世界時価総額ランキング上位100社中53社と半数以上が日本企業でした。しかし、2025年1月のランキングでは、上位100社にランクインした日本企業は43位のトヨタ自動車のみです。日本経済を長らく支えてきた大企業ですら、世界経済のトップランナーの地位から脱落しているのが現状と言えます。
また、スイスのビジネススクールであるIMD(International Institute for Management Development/国際経営開発研究所)が毎年公表している「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」の2024年版(※1)によると、日本の世界での競争力順位はなんと38位。同年鑑は1989年に公表され始めましたが、同年からバブル崩壊が始まった1992年までの4年間は日本が1位を維持していたことを考えると、現在の順位は暴落と表現できるかもしれません。実際に38位という順位は、順位公表を開始して以来、最低の順位です。今後も日本の順位は右肩下がりに推移していくのでしょうか。
世界経済におけるプレゼンスを失いつつある日本ですが、経済状況は常に変動するだけにただ悲観的になるよりも、動向を正しくキャッチアップすることが大切です。大和総研が発表した「2025 年の日本経済見通し(※2)」によると、2025年の日本の実質GDP成長率は+1.6%と緩やかな回復傾向にあると想定され、個人消費に関しても0.7 兆円程度押し上げられると試算されています。
2025年1月より始まったトランプ第二次政権の政策の影響を受ける恐れがあるため、2025 年は先行きが不透明な点も多いものの、日米金利差の縮小継続が見込まれます。記録的な円安から転じて、円高ドル安傾向に向かうと予測されるだけに、日本だけでなく世界の経済の動向に注視すべきでしょう。
円安、人口減少、少子高齢化、経済成長率の低下、インフラの老朽化など日本各地でさまざまな問題が噴出し、SNSなどでも「#日本終了のお知らせ」「#国力低下」と盛んに叫ばれている日本の今――。ただ、そうした悲観論に煽動され、踊らされるだけではなく、世界経済の潮流をきちんと汲み取り、脱却の突破口を見出すことに頭を働かせるほうがより賢明なのかもしれません。
※1 IMD「「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)2024年版」
https://www.imd.org/centers/wcc/world-competitiveness-center/rankings/world-competitivenes%EF%BD%96s-ranking/
※2 大和総研「2025 年の日本経済見通し」
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/outlook/20241220_024815.pdf
日本が世界と勝負できる、誇れる産業とは
令和時代に日本経済についての話題となると、決まって高度経済成長期やバブル経済期などの過去の栄光との比較がなされる傾向にあります。確かに2つ前の年号の昭和は日本経済が世界に向けて存在感を示していた時代なので、特に過去を知る世代からしたら昔を懐かしく思うことでしょう。しかし、もはや時代はグローバル化やDXがキーワードとなっており、現代風、または一歩先の視点に思考を切り替える必要があります。そうしたマインドチェンジは停滞感が漂う日本経済においても、状況を打破するうえでのヒントになり得るかもしれません。
たとえば、現状で世界と真っ当に勝負できる日本由来の産業は何でしょうか。その最たる例は日本酒であり、つまりは「SAKE」でしょう。日本酒は日本特有の伝統的な酒造りによって製造されており、その技術は一朝一夕に他国が真似できるものではありません。最古の日本酒の銘柄である「剣菱」は、室町時代の永正2年(1505年)に製造され始めるなど500年以上にわたる堂々たる歴史があります。近年はそうした「SAKE」の魅力に国外の人たちが気づき始め、新たなムーブメントが起きています。
実際に日本酒を輸入する国が増えてきており、財務省によると2023年の輸出総額は411億円。その数値は3年前の1.7倍にものぼります。グローバル化が進む現代では、醤油などを使った和食文化も海外で人気を博しており、かつては「made in Japan」の代名詞だった電化製品は他国の後塵を拝している状況の中で、日本酒は日本製の素晴らしさを第一線で示す存在として定着しつつあるのです。伝統的酒造りが国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産への登録が決定するなど、日本文化の海外からの評価獲得は、他の産業においても大いにベンチマークとすべき事象と言えるでしょう。
また、まったく違うスポーツの分野に目を向ければ、野球の世界最高峰リーグであるMLBで世界一に輝いたロサンゼルス・ドジャースを牽引しているのが、日本人の大谷翔平であることは間違いありません。さらに、ボクシングにもPFP(パウンド・フォー・パウンド/階級の違いを抜きにして、現役で誰が最強かを比較するランキング)において、米専門誌「ザ・リング」で1位に輝いたこともある日本人ボクサー・井上尚弥がいます。世界のトップをひた走る日本人選手がいるという事実は、日本が暗い話題になりがちな現代において、国民に明るい話題を提供してくれています。
日本という国や文化、そして日本人であることには、まだまだ多くの価値があることを強く意識する必要があるでしょう。その価値や世界でも勝てる産業がまだまだ日本社会のドメスティックな領域に埋もれている可能性があります。日本酒のようにネクストブレイクを果たす日本の伝統文化や、大谷翔平や井上尚弥に続く世界に誇れる次なる日本人の台頭を期待することで、国民に漂う悲観的なマインドが楽観的に少しずつ変わるかもしれません。
過去 30 年間とは異なる新機軸でのアプローチの必要性
日本もまだまだ捨てた物ではないのは事実ですが、世界のトップに君臨できるような成功事例だけに目を傾けていては、大勢に影響を及ぼすことはないでしょう。重要なのは、国民一人ひとりが前向きな未来を考え、企業や政府と連携して失われた30年間とは決別する道を模索していくことです。経済産業省が公表した「経済産業政策新機軸部会第3次中間整理(※3)」では、新機軸の政策を通じた日本の産業構造の変化の必要性を提案しています。
仮にもし日本が失われた30年間と同じマインドで、何も変わらずにいたとしたら、実質賃金は横ばいで、労働生産性は主要先進国並みに上昇するものの、国内投資は縮小し、GDP は微増にとどまると予想されています。そうした政策に終始すると、新興国には追いつかれ、海外と比べて「豊かではない」状況がより色濃くなり、日本が世界と勝負できない国になることすら危惧されているのです。
一方、新機軸で示した新たな日本を目指した場合は、政府と企業と個人が連携した取り組みが大前提になるものの、過去 30 年間とは異なるアプローチで状況を打破できると示唆しています。政府が一歩前に出て社会課題に大規模・長期・計画的に投資を行い、企業や個人の挑戦を促し、マクロとミクロを融合していくという新しい日本社会の仕組みが成り立つことが期待されています。そうした社会が実現できれば、人口減少下でも一人ひとりの所得が増え、可処分時間も増加し、国民の経済的、さらには心理的なゆとりも確保しやすくなるという予測こそが、経済産業省が描く青写真です。
日本の過去30年間は、国として進歩したかどうかという点では、他国に大きく後れをとってしまったというのが客観的、かつ正当な評価でしょう。しかし、失われた30年間がそうだったとしても、これからの未来も同様であるとは限りません。そのためには、国民一人ひとりが今を変えていく思考で、この変化の多い時代における競争優位性を見出していくしかないでしょう。
※3 経済産業省「経済産業政策新機軸部会第3次中間整理」
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240505-OYT1T50089/
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