ビジネスにおけるAI活用も一般社会に広く普及しつつある昨今、ChatGPTなどに代表される生成AIをまったく利用したことがない人を見つけるほうが苦労する世の中になりました。そんなAI全盛時代において、よく話題にのぼるのが「AIが人間の仕事を奪う」「AIと共存する社会の醸成」といった最新のテクノロジーと人間との関わり方に関する話です。さらに技術革新がなされるであろう未来を見据えるうえでは、今後のAIの動向と人間が取るべきスタンスには注視すべきでしょう。
そんな否が応でも高い注目度を誇るAIですが、さらなる人間との別の関わり方についても言及されるようになりました。それが「人間拡張(Augmented Human)」です。人間にはまだまだ秘められた潜在能力があると考えられており、近年のテクノロジーを駆使することで既存の能力をさらに補完・向上させることが期待されています。テクノロジーと融合する夢のような「人機一体」を成し遂げることによって、人間はどんな能力を手にすることができるのでしょうか。その鍵はAIなどのテクノロジーの発展が握っているかもしれません。
社会の労働力不足の解決策の1つとしても注目の人間拡張
AIという人工知能を駆使することで、人間の考えるスピードよりもはるかに速く、そして膨大な量の情報を処理することが可能になりました。そのため、現在では人間のタスクの代替法として、AIの活用が主流となりつつあります。しかし、AIなどのテクノロジーは「人間の代わり」となることはもちろんですが、「人間の拡張」においても一翼を担います。近年のデジタル関連のテクノロジーを活用し、人間の身体能力や知覚などを増強・拡張させる技術が「人間拡張」です。
人間拡張という字面だけを見ると、サイボーグやアンドロイドなどのSF的なイメージを思い浮かべる方もいるでしょう。もちろん、人間をベースにロボットなどの機械工学技術を搭載した人造人間などの類は、人間拡張におけるもっともイメージしやすい例と言えます。しかし、より広義に人間拡張という言葉を捉えると、人々の暮らしの身近なところにも人間拡張の技術は導入されています。その代表例がパワーアシストスーツです。
パワーアシストスーツとは、人体の動きをサポートする装着型の機器です。装着によって人間の運動能力の向上をサポートし、重い荷物の運搬時の腰や腕にかかる負担の軽減に貢献したり、作業時間を短縮したりする効果が期待されます。パワーアシストスーツは、主に物流や農業などの現場仕事のシーンに導入されており、作業者のパフォーマンス向上に寄与することが主な役割です。
日本社会は少子高齢化が急速に進行しており、2007年からは65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占める超高齢社会に突入しました。超高齢社会がさらに進行すると、高齢化に伴う死亡数の急増によって人口が激減する多死社会に突入すると考えられています。そうした状況下で、生産を担う労働人口は下降の一途を辿っているので、人口減の状態でも作業効率や生産性を下げない取り組みが不可欠です。パワーアシストスーツは、そうした社会課題解決にもリンクした身近で導入したい人間拡張の手段の1つと言えます。
ASIによる超知性時代の到来は2030年との予想も
パワーアシストスーツに代表される人間拡張の技術は、当然ながらAIなどのテクノロジー領域においても進展することが期待されています。近年、著しい勢いで発展するAI関連ですが、その進化は留まることを知りません。2030年には、通常のAIがさらに進化を遂げたASI(Artificial Superintelligence/人工超知能)の全盛の時代が訪れることも予想されています。
「加速するAI革命。未来を見据え、いま動く。」をテーマに10月に行われた、ソフトバンクの法人向けイベント「SoftBank World 2024」では、ソフトバンクグループ株式会社の代表取締役会長兼社長執行役員の孫正義氏が登壇。そこで孫氏は、数年で人間とAIがほぼ同一の知能レベルになるAGI(Artificial General Intelligence/人工汎用知能)が一般化し、AGIを1万倍ぐらい超えた知能とされるASIが当たり前の時代が10年以来に訪れると予想しました。
また、孫氏は、ASIは単に知性レベルが高いだけではなく、思いやりや慈しみなどの人間の深い精神的な側面においても関係性を築くことが可能になるとの見解を示しています。ASIは知性のスペックが桁違いに高いことに加えて、人間と同じ感性を持ち合わせるレベルに到達する可能性があるという私見は、ASIと人間の融合という人間拡張におけるシナジーの有効性を想起させる非常に興味深いアイデアだと言えるでしょう。ASIをいかに取り込んで、自身の能力の補完や向上に頭を使えるかが、2030年代のビジネスでは必要となる考え方となるかもしれません。
IoAによって人間とAIがつながることで「ジャックイン」の実現も
人間拡張をさらに機能的に、実用的にするためには、進化するAIとの連携や融合が欠かせません。その視点において不可欠な要素と言えるのがIoA(Internet of Abilities/能力のインターネット)です。インターネットを介することで人間同士の能力の結びつけや人間の感覚とドローンなどの機械をつなげるなどの技術が該当します。進化が止まらないテクノロジーと人間を有機的に結びつける手法の1つとしてIoAの概念が活用されています。
IoAによって実現が期待できるのは、人間拡張の1つとも言える「ジャックイン」です。ジャックインとは人間と異なる人工物や他の人間と接続することによって、総合的に人間の能力や存在を拡張する枠組みを指します。詰まるところ、人間が他者の中に入ったり、ロボットと一体化して仮想体験ができたりするイメージです。人間がサイバー空間を行き来することで、人間や物を司ることができるまさにSFの世界観を体現したような技術なだけに、実現することで社会にどんな変化をもたらすのかが楽しみだと言えるでしょう。
人間拡張によって今までは夢物語でしかなかった世界が、グッと現実に近づきつつあることが分かります。しかし、一方でそうした世界が実現した際の倫理観については、考えが追いついていないのが現実でしょう。IoAによって他者と同化した体験ができたり、ロボットと一体化したりすることは人間拡張の能力としては魅力ですが、それを使いこなす人間のモラルが追いつくことができるかは確実に課題となるはずです。テクノロジーの進歩が著しい昨今なだけに、それを使いこなす人間の意識のアップデートが常に求められるようになるでしょう。
人間拡張が進化するに伴いビジネスチャンスも広がる
人間拡張が今後数年でよりありふれたワードになることが予想される中、ビジネスの世界はどう変わっていくのでしょうか。たとえば、今後は生成AIと人間の脳が融合するような話も人間拡張の思想で考えれば、実現可能な話と言えます。そうした超知性を手にした人間がどんな新しいビジネスモデルを生み出すかは、まったくの未知数です。先に述べたようにAI関連もAGI、そしてASIへと進化を遂げることが予想されるだけに、今後の人間拡張の世界線は加速度的に進化・変化を遂げていくでしょう。
そうした環境が劇的に変わるであろう今後を踏まえて、意識しておきたいのは新たなビジネスチャンスが常にあるということです。パワーアシストスーツのような物理的な人間拡張の例はもちろんのこと、AIと人間が融合したビジネスの仕組みやツール、システムが新たに開発されれば、ビジネスを取り巻く環境もまさに一変してもおかしくはないでしょう。ASIの実現が2030年代に本当に訪れるとしたら、社会環境やビジネス環境の劇的な発展が起きるタイミングも、もはや近未来の出来事となるかもしれません。
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