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ビジネス上の利益を生む買掛金管理のデジタル化に迫る――買掛金管理の実態と課題とは

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リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻に端を発した2008年の金融危機(リーマンショック)。
株価暴落や大不況という世界的な混乱から10年以上が経った現在、金融業界は“新たな苦境”に立たされています。それは新型コロナウイルス感染症による市場の混乱です。いわゆる“コロナショック”以降、金融機関はキャッシュフローの確保とリスクの最小化に躍起になっています。

リーマンショックによって改革を迫られた金融機関は、より適切な資本化や厳密な規制を取り入れたことで今日に至っています。従来までの金融関連のビジネスモデルの大半がすでにフィンテックによって崩壊しつつある中、新しい製品やサービスが次々と採用されています。そして、コロナ禍の現代ではそうした最適化への潮流はさらに顕著になることでしょう。

その一方で、これまで見過ごされてきたのが、数多くのバックオフィス機能におけるデジタル化です。「買掛金管理※1」もその1つと言えます。

B2B(企業間取引)マーケティングの担当者向け研究リサーチに定評があるIDGコネクト社は、「デジタルトランスフォーメーションの幻想:金融業界は本当に好転しているのか?」という調査を実施。ヨーロッパの中規模および大規模の金融サービス企業が行っている買掛金管理の取り組みと将来設計についてくわしく考察しています。

※1商品やサービスの享受に対する支払いがまだの状態であり、提供者に対して支払い義務が発生しているお金を買掛金と呼び、それを管理するプロセス。

電子化とデジタルトランスフォーメーションは別物と捉えるべき

IDGコネクト社の調査では、金融サービス企業が買掛金管理のデジタル化において注力しているのは既存のプロセスのデジタルへの置き換えではなく、業務効率化であることを示しています。「デジタルトランスフォーメーションの目的」について調査の回答者が挙げた上位3項目は、プロセスの効率化(42%)、コスト削減(42%)、請求書の承認にかかる時間短縮(40%)でした。つまり、業務効率化や生産性向上に重きを置いていることがわかります。

また、この調査では多くの企業がどんな技術に投資しているかも触れています。例えば、56%の企業がOCR(Optical Character Reader/光学文字認識機能※2)などのツールを使用。請求書をデジタルデータとして記録するプロセスの合理化に努めています。

デンマークの保険会社の経理部長は、「業務の自動化プロセスを容易にするために最新の請求書スキャンシステムを取り入れています。そして、手作業を減らす目的でハードウェアとソフトウェアの組み合わせを採用しました」と言及。効率化を図るための企業努力を惜しまない姿勢を見せています。少なくとも理論上では、請求書をデジタルデータで取り扱うことで、紙の請求書を大量に受領する手間が少しは軽減されるでしょう。

しかし、苦労が減る一方で、より大きな問題が噴出するかもしれません。既出の調査によれば、「OCRのような電子化を実現するツールの導入こそがデジタルトランスフォーメーションである」という間違った認識があるようです。

確かにOCRのような電子化の技術は、紙とデジタルのギャップを埋める架け橋にはなります。しかし、従業員のデジタル力を高めたり、ビジネスにおける買掛金管理の役割を変えたりするなどの「プロセスの変革」においては大きな影響を与える可能性は低いと考えられるのです。

※2画像データのテキスト部分をイメージスキャナやデジタルカメラで読み取り、コンピュータが利用できるデジタルの文字コードに変換する技術

金融サービスにおいて買掛金管理の役割を作り変えることの意義

買掛金処理の完全なデジタル化は、その上流プロセスを含めた調達から支払までのビジネスフロー(P2P/ Procure-to-Pay)のプロセスの変革を行ううえでは絶好の試金石となるでしょう。サプライヤー、銀行、その他の金融パートナーのネットワークを経由してリアルタイムでのやり取りや取引が可能になることで、企業は早期払いの機会を最大限に活用できることに加え、運転資本(企業の営業活動を遂行するうえで必要な資本)の最適化を果たせます。

これらの利益を享受できるのは、サプライヤーもまた同様です。サプライヤーの関与が不十分であることが要因となり、買掛金管理プロセスの変革プロジェクトが上手くいかないケースはよくあります。しかし、請求書の承認にかかる時間が短縮され、直接アクセスによって多数の資金調達の機会があるとすれば、サプライヤーも同じだけの利益を得られます。サプライヤー、銀行、その他の金融パートナーというステークホルダーすべてにメリットがあることは非常に重要なのです。

関係者の信頼関係の構築を助け、顧客とサプライヤーの全体的な関係を強固になることで、より良い連携とビジネスにおけるさらなるイノベーションへの道が開くでしょう。

ビジネスにおけるより良い意思決定のために

買掛金管理の関連プロセスで取り扱われるすべてのデータと情報を分析に利用し、役立てることができるとしましょう。それは、あらゆるサプライヤーや契約、請求書、法律用語、納入実績に関する最新の情報がすべて一ヶ所に集約されているイメージです。

もしそれらの情報を効果的に分析できた場合に、抽出できる知識量を想像してみてください。それらの洞察を社内で共有した場合にもたらされる価値は言うまでもありません。仮にネットワーク上のすべてのサプライヤーにリアルタイムでコミュニケーションでき、特定のニーズに関する最適な選択肢を見つけられるとしたらどうでしょうか。支出の傾向を完全に理解できるとしたら、いかがでしょうか。大きな可能性を秘めていることは間違いありません。

しかし、既出の調査では、ビジネスチャンスにつながるデータにアクセスできることをデジタルトランスフォーメーションの主目的の1つと捉えている企業はたった36%。真のプロセスの変革を目指している企業はまだごく一部だと言えるでしょう。

先ほども登場したデンマークの保険会社の経理部長は、「私たちが解決すべきだと考えている領域は、請求書の紛失、データ漏洩、継続性の原則における問題、複雑な請求処理、時間の浪費です。今後、買掛金管理の自動化によって財務的な成果を予測し、より良いビジネス上の意思決定を行えるようになるとしたら、私たちの経理部門においてもより透明性をもたらすことが可能になる」との見解を示しました。それが実現できれば、単なる電子化ではない、真のデジタルトランスフォーメーションに近づけるのではないでしょうか。

買掛金管理のデジタル化を阻むもの正体とは

コスト削減の観点からだけでなく、戦略的視点や成長の見地から判断しても、買掛金管理のデジタル化にはビジネス上の利益があることは明らかです。

では、なぜ買掛金管理のデジタル化がもっとスピーディーに進まないのでしょうか。金融サービス企業がエンドツーエンド(E2E/end to end)のサプライチェーンの支払いソリューションを提供することではなく、未だに部門ごとの個々のプロジェクトにリソースを投入しているのでしょうか。

IDGコネクトの調査によれば、金融サービス企業に勤める幹部層の大半は、デジタルトランスフォーメーションが今後5年で社内における買掛金管理の役割を大きく変えることを認めています。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大によって世界では不透明感がかつてないほど高まっており、今やその予定を前倒しする必要があることは火を見るより明らかでしょう。

しかし、同様に明らかなのは、買掛金管理のデジタル化という緊急性の高い変革に関して、真の変革(既存のプロセスの変革)をもたらすための投資がなされていません。現場のニーズに相反して、経営陣が足踏みしている状況が、買掛金管理のデジタル化を阻んでいるのです。つまり、経営陣がきちんとこの状況に向き合い、買掛金管理のデジタル化に関する戦略的価値を理解しない限り、きっと今後も状況はすぐには変わらないでしょう。