西暦2112年。この80年以上も未来の年号を聞いて、多くの日本人はあるアニメのキャラクターを思い浮かべるのではないでしょうか。そのアニメとは、日本漫画界の巨匠、藤子・F・不二雄氏が生み出した不朽の名作「ドラえもん」です。2112年の未来の世界から来た猫型ロボットのドラえもんが、現代の子どもたちと交流や冒険を繰り広げる物語ですが、「2112年にドラえもんを開発できるほど、テクノロジーが発展するのだろうか」と誰もが一度は考えたことがあるはずです。
しかし、実際は2112年を待たずとも、ドラえもんと同等の技術を開発できるかもしれません。その一翼を担っているのがAIの発展です。言語を理解して、文章を作成できる生成AIは、すでに現代社会になくてはならないツールという立ち位置を確立しています。そして、AIの次のフロンティアとして注目されているのが、生成AIの機能をロボットが搭載する「フィジカルAI」です。
これまでシステムによって制御された機械的な動きしかできなかったロボットに、フィジカルAIの技術が搭載されたとしたらーードラえもんのように自らの意思で行動できる「ヒューマノイドロボット」の登場が途端に現実味を帯びてくるでしょう。そんなSFチックな話が、実は近未来での実装が検証されるフェーズにまで来ています。そして、ヒューマノイドロボットの導入は、日本のロボット産業を大きく変える起爆剤となるかもしれません。
AIの次のフロンティアは「フィジカルAI」とNVIDIAのCEOが予見

ドラえもんのような「ヒューマノイドロボット」を実装するための「フィジカルAI(Physical AI)」とは、どのようなテクノロジーなのでしょうか。フィジカルAIは、生成AIの本質である自律的に思考するLLM(Large Language Model/大規模言語モデル)という「知能」を搭載することによって、ロボットや機械などの物理的な「身体」を人間の介在なしに動作させることを可能にしたAI技術です。
これまでのロボットは、あらかじめプログラミングされた通りに動く「自動機械」の域を脱していませんでした。しかし、フィジカルAIは「AIが身体を持つことで、物理世界と相互作用すること」を実現させています。言い換えるなら、頭脳となるLLMをロボットが搭載することで、「人間のように物理法則を理解・学習し、リアルタイムで身体を自ら制御する知能」を手にしたのです。
機械的な動きしかできなかった従来のロボットとは異なり、フィジカルAIを搭載したヒューマノイドロボットは人間のような繊細な動きや機能を可能にしています。具体的には、凸凹の道を歩く際に転ばないように瞬時に足首や膝の角度を微調整する「全身制御」、ディープラーニングを通じて卵を割らずに持ったり、バリスタのようにお湯加減や豆の量を調整したり、複雑な工具を扱ったりする動作「マニピュレーション(手先の器用さ)」、視覚に加えて、センサーによる触覚や力加減をAIが統合して判断する「マルチモーダル理解」などが挙げられます。
2020年代中盤のビジネスシーンでは、LLMによる生成AIが時代を席巻しているのが現状です。しかし、潮目が変わり、時代はすでに次なるフィジカルAIの実装に熱視線が向けられ始めています。そのきっかけは何だったのでしょうか。それは、2026年3月時点で約4兆4,420億ドル(約710兆7,200億円※1ドル160円で計算)の時価総額を誇る企業であり、AI経済を司る存在とも言えるNVIDIAの存在に他なりません。
アメリカに本社を置く、GPGPU(General-purpose computing on graphics processing units/GPUによる汎用計算)やAI関連の半導体を開発・研究・販売するNVIDIAは、AIの次にフィジカルAIの時代が来るというプレゼンテーションを世界に先駆けて実施しました。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは、2024年6月2日に台湾(台北)で開催された「COMPUTEX 2024」の基調講演において、AI進化の次なる「大きな波」として、物理世界に干渉する「フィジカルAI」の概念を提唱しました。
NVIDIA Corporation『NVIDIA CEO Jensen Huang Keynote at CES 2025』(https://www.youtube.com/watch?v=k82RwXqZHY8)より引用
そして2025年、全米家電協会が主催し毎年アメリカ・ネバダ州で開催されている家電見本市「International CES(Consumer Electronics Show)」で、ジェンスン・フアンCEOは、AIの進化の過程として「AIの4つの波(Four Waves of AI)」と定義しています。

実際に2026年のビジネスシーンでは、生成AIをすでにベーシックなツールとして捉えつつ、「AIエージェント」の活用が浸透し始めています。AIエージェントとは、人間の細かい指示なしで目標達成のために自ら計画を立て、ツール(API、Webブラウザなど)を使い分けながら自律的に業務を実行する高度なソフトウェアを指します。ジェンスン・フアンCEOが体系化したAIの進化の過程において、すでに第3の波まで実用化され始めているのが現状です。そして、数年後には第4の波、つまりフィジカルAIが当たり前になっていたとしても、何ら驚くべきことではないでしょう。
今後の世界の覇権争いは「ヒューマノイドロボット」が主戦場に

AIの利活用のスタンダードがフィジカルAIに昇華した場合、フィジカルAI搭載のヒューマノイドロボットの実装が世界のマーケットの中心となることは言わずもがなです。既出のNVIDIAに加え、OpenAI、Tesla、Figure AIといったアメリカ企業が、世界のITをリードしたGAFAM(Google、Apple、Facebook[Meta]、Amazon、Microsoft)のように、ヒューマノイドロボット開発において最先端を走っています。
そして、その競争に待ったをかけているのが中国です。中国政府は、2023年末に「ヒューマノイドロボットの革新的発展に関する指導意見」を発表し、2025年までに技術基盤を確立し、2027年までに世界先進レベルの産業チェーン構築と安全な量産体制を目標に掲げました。「安く、大量に、素早く」作ることを国家施策とし、UBTECH Robotics(優必選科技)、Unitree Robotics(宇樹科技)、Agibot(智元機器人)、Fourier Intelligence(上海傅利葉智能科技)など新進気鋭の企業の躍進が目立ちます。
バイドゥ(Baidu/百度)、 アリババ(Alibaba/阿里巴巴)、テンセント(Tencent/騰訊)、ファーウェイ(HUAWEI/華為)から成るグローバルIT企業群「BATH」がアメリカのGAFAMと鎬を削っているように、ヒューマノイドロボット開発に関しても米中が熱い火花を散らしている状況です。
「ソフトウェアのアメリカ」と「ハードウェア・量産の中国」のどちらが覇権を握るのかーー。奇しくも世界一の企業であり、ヒューマノイドロボット産業においても世界をリードするNVIDIAが、海外本部を台湾の台北に建設することを発表しています。ジェンスン・フアンCEOのルーツである台湾には、NVIDIAの生産体制の柱であるTSMC(台湾積体電路製造)が所在しています。今や「AIの島」とも呼ばれる台湾が、政治・経済両面における二大超大国の重要拠点となっていることは無視できない事実でしょう。
“ロボット大国ニッポン”実現へ、重要となる「身体知」の平準化

ヒューマノイドロボット産業においてもっとも注目されているエリアが、同じアジアでも日本ではなく台湾という事実をショックに感じる日本人もいるのではないでしょうか。2025年の国内総生産(GDP)で米中に差をつけられ、さらにはドイツにも抜かれて4位に位置している日本。2000年代まではアメリカに次ぐ世界2位の経済大国だったものの、時代の波に乗り遅れることでさらなる転落も危惧されています。DXでも他国の後れを取った過去があるだけに、ヒューマノイドロボット開発においては、同じ轍を踏むわけにはいきません。
では米中を中心とした世界のヒューマノイドロボット開発競争において、日本はどう対抗すべきなのでしょうか。そのヒントとなるのが、“ものづくり国家・日本”の伝統芸のクオリティを支える「正確さ」「精密さ」です。実はこれまでの日本のものづくりの伝統は、職人や熟練工の知見や技術によって支えられてきた面があります。そして、その匠の技の継承は長年の歳月を費やす必要があり、一朝一夕で誰もが体得できるものではありませんでした。
「日本人の素晴らしい技術は人でなければ生み出せない」という固定観念に多くの人がとらわれており、実際にこれまでの時代はそうだったかもしれません。しかし、フィジカルAIが台頭することによって、これからのヒューマノイドロボットはそうした日本人特有の知見や技術をベースにした「身体知」をも習得し、再現できるようになる可能性があります。
この「身体知」は日本人が世界に誇る競争優位資源でありつつも、主に師弟関係を通じて継承されてきたため、国外はもちろん、国内でも広く浸透することはありませんでした。しかし、AI技術の基盤となるディープラーニングと身体で再現するフィジカルAIを駆使すれば、「身体知」を汎用的な技術に転用できる可能性があります。熟練技術をいつまでも「暗黙知」のままにしておくのではなく、データとして活用してフィジカルAIで実装することによって、他国とは一線を画す日本オリジナルのヒューマノイドロボットの活用を実現できるかもしれません。
前述したドラえもんや手塚治虫氏原作の「鉄腕アトム」におけるヒューマノイドロボットの発想は、日本人と日本の文化が生み出したものです。そして、正確で精密な産業における間違いない技術を誇る国でもあります。アイデアと身体知という資源が豊富にあるだけに、それを活用して未来につなげるのが現代を生きる日本人が向き合うべき課題とも言えるでしょう。フィジカルAIを搭載したヒューマノイドロボットの実装が本格化することが予想される今において、近未来での成功と発展を目指すためには、日本人特有の資源をヒューマノイドロボットに活かして平準化する術を真剣に考える必要があるのです。
